【Hisae's Voice / vol.3】私のキャリア(経歴)ー1ヶ国目の駐在から帰国後のことーその①
こんにちは。Hisaeです。
前回のブログでは1か国目での私の過ごし方をお伝えしました。
勝手に自分で結論を出してしまって
チャンスがあったのに働かなかったシドニー生活。
何故なら
帰国後にはスムーズにキャリアを復活させることができるはず
と、信じていたからです。
オーストラリアで英語を鍛えるため、語学学校の他に「英語で学ぶ」を実践した結果
TOEICのスコアは900点をゆうに超え
ビジネス英語の実務経験はなかったものの
「英語を活かして国際的な仕事をしたい!」
と思っていました。
また、まだ子供もおらず、30歳になったばかりだったので
長距離路線の乗務ができる日系航空会社の中途募集を探したり
海外事務、のような職種を人材紹介会社や派遣会社を使って探しました。
CA試験は2回連続で最終面接落ち。
人材紹介会社では新卒時代の営業経験から「人材系企業の営業」を紹介されましたが、
家庭を持った今、またあの場に戻りたくない、と辞退。
派遣会社では登録時のスキルテストでは好成績だったのに
「あなたのご経歴には「一般事務」のご経験がないので、「事務職」のご紹介はできません」
と門前払いになってしまいました。
挙句の果てには
「海外にいらっしゃった期間とCA(オフィスワーク以外)をご経験されてしまっているので、ブランクが長い方、というイメージがどうしてもありまして我々がご紹介できるのは『企業の受付』ですね~」
と、言われた時は目の前が真っ暗になりました。
(受付の職種が悪いわけではありません、言い放たれた言い方がとても冷たく感じたのでした。。)
まだ残暑の残る9月。
真っ黒いスーツに身を包んで
「オーストラリアに帰りたい。。私は日本の社会には必要とされていないのか。。」
と、トボトボ丸の内を歩いた時の絶望は
今思い出しても胸が苦しくなります。。
日本に帰国後はオーストラリア時代よりも尚一層楽しそうに仕事に打ち込む夫が
うらやましくて仕方なく
私は過去の自分のキャリアを責めて、自暴自棄になりかけました。
なかなか子供も授かれなかったので不妊治療を始めたり
友達に話を聞いてもらったり、と過ごしているうちに
友達の会社でアルバイトとして働かせてもらえることになりました。
その会社は外資系企業で友達はアシスタントとして紹介予定派遣で入社したのですが
才能を見込まれてキャリアを磨き、私が再会した時には正社員として
バリバリ活躍していました。
アルバイトの私の仕事内容は、というと
とある部署のシステム化の一環で、紙ベースの書類をスキャンして保存、
コピーを取ってファイルにまとめる、という作業。
その当時は前述の悔しい経験から、とにかく仕事をさせてもらえるだけでも
幸せで嬉しくて、少しでも期日よりも早く、丁寧に業務を行い、喜んでもらおう!
ということばかり考え、久々のオフィスワークの環境を楽しみました。
でもアルバイトで、延長なしの期間限定の仕事だったので、
同じオフィスでキラキラと輝く友達の姿を見てると
「私にこの次のステップはあるのだろうか?」
と少しずつ不安になっていきました。
つづきます
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